宗教建築

名称ランクポイント説明難度経験値発見方法
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アクスム石柱群2かつて栄えたアクスム王国の遺跡。独特の様式の石柱は百本以上ある。現在見つかっているものの中ではもっとも高い石柱がある。基部には石室があるところから、王族などの墓だと思われる。3190プレステ・ジョアンの国
アトス山の修道院群★★★★9サロニカの東にあるアトス半島とアトス山の一帯にある修道院群。規模の大きな修道院や修道士が独りで暮らす小屋が集まって成立している。生神女マリアが守護聖人だが女性の入山は認められておらず、男性しか立ち入ることができない。-750東方の聖地
アフ・アキビのモアイ★★★★★9ホツ・マツア王が、ラパ・ヌイに移動する前に先遣隊として遣わした七人の使者の像。他の像はすべて内陸の方向を向いているが、このモアイだけは海を見ている。伝説では、この像の見つめる先に彼らの故郷があるというが…。121131太陽が沈む向こうに
アブ・シンベル神殿★★★4古代エジプトのファラオ・ラムセス2世が建てた神殿。内外に多数の石像があるが、ほとんどはオシリス神の姿をした、ラムセス2世の像である。隣に小神殿がある。7600ラムセス2世の神殿
アフ・トンガリキのモアイ★★7ラパ・ヌイの島の北東部にある、十五体のモアイ。十五体すべて同じ方向を向いている。島内のモアイの中でも大きなほうで、成人男性の三倍はある。6350ラノ・ララクの像の調査
アンコール遺跡★★★★6アンコール王朝の都市遺跡。スーリヤヴァルマン2世によって建設されたアンコール・ワットと、ジャヤヴァルマン7世によって建設された、アンコール・トムが有名である。7624悠久の微笑み
カルナック・ルクソール神殿★★3歴代のファラオたちが次々に増改築を繰り返した神殿群。複数の神殿があり、数多くの神像やファラオの像、大石柱が立ち並ぶ様は壮観である。4290生者の街
ギザのスフィンクス★★3ギザのピラミッドの側に鎮座する巨大な像。ファラオの顔とライオンの体をもつ。古代エジプトでは、ファラオの偉大さを体現した存在とされる。
一方、ギリシャ神話では、女性の顔と獅子の体、鷲の翼をもつ怪物とされている。
3230神か怪物か
ギザのピラミッド2三つ並んだ巨大なピラミッド。大きい順にクフ王、カフラー王、メンカウラー王のもの。巨大な石を正確に積み上げて造られている。現在の技術で同じものを造れるだろうか?2145ギザのピラミッドの調査
コナーラク太陽神寺院★★3太陽神スーリヤを祀る寺院。寺院全体がスーリヤの乗る馬車に見立てられている。ガンガ朝のナラシンハ・デーヴァ1世がイスラム教徒との戦いに勝利した記念に建造したと言われている。3260太陽神を祀る寺院
コナーラクの車輪4コナーラクの太陽神寺院の基壇(きだん)部分にある車輪。寺院全体が馬車に見立てられている。この馬車に乗り、太陽神スーリヤが天を翔けると言われている。3150太陽神の馬車
サント・シャペル★★5パリのシテ島に建てられた、キリスト教の礼拝堂。数々の聖遺物が納められている。壮麗なステンドグラスが窓を覆う、ゴシック建築の輝かしさを表した建築物である。5340パリに建てられた宝石
シャクパック・アタ★★3イスラム教の宣教師であるシャクパック・アタによって作られたモスク。ウスチュルト台地にはこのような岩窟モスクが複数存在するようだ。イスラム教の広がり
ショパン・アタ★★★★6ウスチュルト台地に存在する地下モスク。12世紀、ユーラシア大陸中央部へ派遣されたイスラム宣教団の1人の名を冠している。彼の師が杖を投げると杖から木が映えたといい、その木がこの地に今なお存在している。宣教団について
ストーンヘンジ2イングランドにある、先史時代の遺跡。祭祀場(さいしじょう)だったと考えられる。夏至の日の出の方向に入り口があり、全体は正確な円を描いている。190ストーンヘンジの調査
スワヤンブナート★★★★★10ネパール地方の仏教
チャックモール★★6チャックモールとは、「赤いジャガー」という意味。マヤの人々はこの像の腹部に生贄の心臓を乗せて、神に祈っていたという。4230生贄の像
ディヴリーイの大モスクと病院★★★★★9モスク、病院、霊廟が併設された建築物。当時の王の命令でモスクが建造される際、その妻が病院の併設を願ったという。扉口や柱、壁などに多くの精密な模様が刻まれており、当時の建築技術の高さが窺い知れる。イスラム建築に魅せられて
デルフォイ遺跡2古代ギリシャにおいて世界の中心だと考えられた場所。アポロン神殿があり、その神託は絶対的なものだった。ソクラテスもここで神託を受けた。1100権威ある神託
トマールの修道院★★512世紀テンプル騎士団によって建造された修道院。騎士団解体後はキリスト騎士団の総長となった航海王子エンリケが回廊を増築し、その後1世紀近くの間、さまざまな建築様式で増設された。3250騎士団の命脈
ナントゥワス★★★★★9ナンマドール遺跡で最も立派な建造物。「首長の口の中」という名を持つ。神聖な場所であり、参道は高貴な者用と一般人用に分けられている。10930島の儀式
ナンマドール遺跡★★★★★9ポンペイ島に存在する謎の建築物。人力では運べそうにない巨大な石が積み上げられ、城壁となっている。
潮が満ちていないと訪れることができないため「海上都市」とも呼ばれている。
10930積み石の都
ノートルダム大聖堂★★7聖母マリア崇拝に基づいて建立されたキリスト教の聖堂。「ノートルダム」とはフランス語で「我らの貴婦人」という意味であり、イエスの母・マリアを指す。同名の聖堂がフランス語圏の各地に建てられている。6400聖母に捧ぐ大聖堂
パエストゥム遺跡★★★6古代ギリシャおよび古代ローマの遺跡。イタリアのカンパーニャ地方に位置する。神殿などの宗教施設の他に、広場や市場らしき跡も見られる。7510女神の神殿
パガン遺跡★★★★6パガン王朝時代に建設されたという寺院群。広大な敷地に無数の寺院や仏塔が建てられている。その数は400万ともいわれているが、元によって破壊され現在は3000弱しか残っていない。8648塔の並ぶ大地
バターリャ修道院★★★★正式名称は「勝利の聖母マリア修道院」カスティーリャ王国との戦勝記念に建てたられため「バターリャ(の戦い)」の名前で呼ばれる。数世紀にわたって建築が続けられ、その間にヨーロッパ各地で流行した多くの建築様式が取り入れられた。建造中の修道院
バールベック★★★★★9ローマの三神を祭る三つの神殿で構成されている遺跡。名前の由来はフェニキアの神であり、時代の変遷を目の当たりにするようだ。習合の結果
フマーユーン廟★★★★★9ムガール帝国の第2代皇帝フマーユーンの墓廟で、彼が都と定めたデリーの郊外にある。インドにおけるイスラム建築の精華の一つであり、後のタージ・マハルにも影響を与えたほか、インドの庭園建築の原型になったともいわれる。151190エデンへの憧れ
ブリハディーシュヴァラ寺院★★3破壊神シヴァを祀る南インドの寺院。チョーラ朝のラージャラージャ1世が建てたとされる。ヴィマーナと呼ばれる非常に大きな本堂を持つ。4300シヴァに献じられし寺院
ホツ・マツア王のモアイ★★7ラパ・ヌイの伝説上の王であるホツ・マツア王の像。王は賢者ハウマカの見た夢を信じ、航海の旅に出て、やがてこの地にたどり着いた。この像自体がどんな意味を持って建てられているのかはよく分からない。6350ラノ・ララクの調査
ボロブドゥール遺跡★★★★8ジャワ島のほぼ中央にある仏教遺跡。基壇の上に積み重ねられたピラミッド型の形状。レリーフや仏像、仏塔がおびただしいほど存在する大規模なものだ。中には釈迦の遺骨を納めた仏塔があるというが…。9756眠り続けた遺跡
メンフィスの遺跡6古代エジプトの宗教都市のひとつとされたメンフィスの遺構。プタハ神を主神とするこの地はかつて「白き壁」と称されており、下エジプト最大の都市であったという。5380下エジプトの聖域
ヤサヴィ廟★★★★★912世紀に活躍したイスラム教の聖者、アフマド・ヤサヴィの墓が納められた廟。造営した人物が途中で死んだため、未完成である。1370ヤサヴィという人物
ラノ・ララク★★★8ラノは「火山」、ララクは「地面を削る」という意味。火山のすそので像を作っていた場所。付近では作りかけの像がたくさん見られる。7484ハワイキを探して
ヴァラーム修道院★★★3ラドガ湖に浮かぶ島、ヴァラーム島にある修道院。その歴史はロシアのキリスト教化以前にさかのぼるが、地理的な事情から何度も戦乱に巻き込まれ、荒廃した時期もあった。最近は復興しつつあるという。7520北の果ての祈り
骸骨礼拝堂★★★★★大聖堂に併設された納骨堂。周辺の修道会墓地から集められた何千柱もの骸骨が、内装として用いられている。1480墓地のある理由
階段のレリーフ★★★★7コパン王朝の歴史が絵文字で記されているという巨大な階段。
川の氾濫に巻き込まれたためか損傷が酷く、段差がちぐはぐになっている。描かれている絵文字を解読するには手間がかかりそうだ。
8630刻まれた歴史
新羅の石仏★★6新羅時代初期に作られたと思われる石仏。
新羅では、仏教が盛んだったため、多くの石仏が残っている。朝鮮で最古の石仏とされるものは、鼻を削って飲めば病気が治るという伝承があり、鼻が欠けているらしい。
4260ある船乗りの願い
聖カタリナ修道院★★★7シナイ山のふもとにある修道院。ビザンツ帝国の初期に建造され、古代の写本や聖像破壊運動より前の時代のイコンが残っていることで名高い。十字軍が滞在して以来、重要な巡礼地の一つとされているようだ。6490巡礼地求む
石窟庵★★★★★9新羅時代の仏教遺跡。内部はドーム状になっているが、洞窟を掘ったのではなく、石材を積み上げ、その上に土を盛って建築されたという。新羅の石造建築技術は、かなり高かったようだ。131130造られた洞窟
太陽の石★★★★★7アステカは、天文学に長けており、独自の暦を持っていた。この石板によれば、世界は5回の変遷を経験し、それぞれある原因で滅亡したとある。石板によると、現在の世界は地震で滅亡するらしい。111027血と心臓を求める理由
大列柱3カルナック神殿の大列柱室に立ち並ぶ、134本の石柱。高さ23mの物と15mの物がある。作らせたのは古代エジプトのファラオ・ラムセス2世である。3180古代エジプトの建築技術
仏国寺跡★★★★8新羅時代に建立されたといわれる仏教寺院の跡地。
石垣で固めた盛土の上に、三区域に分かれた伽藍(がらん)が配置されていたらしい。
朝鮮王朝四代王・世宗の時代に破壊されてしまったという。
9650焼け跡に見る歴史
羊頭のスフィンクス3カルナック神殿の参道に並ぶ羊の頭のスフィンクス。40体ある。羊は神殿に祭られているアメン神の聖獣。アメン神は古代エジプトの国家神である。3150神殿の守護
楽山大仏★★★★★10四川の山の西壁に彫られた、高さ70mほどの石刻座仏。治水と航行の安全を祈願して作られた。
完成当初は、全身が金色で彩られていたという。
121080華南の大仏
老君岩★★★★★10道教の神・太上老君を模した巨大な石像。
周囲の民の間では、この像のひげに触ると幸運が訪れると信じられている。
131180太上老君
鷲とジャガーのレリーフ★★6チチェンイッツァの神殿のひとつに彫られていたレリーフ。左にジャガー、右の鷲は心臓をつかんでいる。5250神殿の壁画調査